=========================================
1983年、トヨタのベストセラー「カローラ/スプリンター」がモデルチェンジした。カローラにとって非常に重要な大転換だった。世界で最も売れていたグローバルモデルのカローラが、それまでのRWD(後輪駆動)方式からFWD(前輪駆動)方式に大きくシフトしたのだ。が、その派生スポーツモデル「レビン&トレノ」は後輪駆動を堅持した。
=========================================
1983年5月、日本自動車界が日米貿易摩擦の影響を受け、対米輸出を自主規制するなかで、カローラ/スプリンターが5代目にモデルチェンジした。
新型の大きな特徴は、冒頭のようにセダン系の駆動方式を前輪駆動に転換したことだ。ただし、スポーツクーペ系のレビン&トレノはRWDを継承、同一車種がふたつの駆動方式を採用した稀なモデルラインアップとなった。トヨタでも同じ車種で2種の駆動方式を同時発売したのは初めてだった。
ボディはセダン系が4ドアと5ドアHB、クーペ系が2ドアと3ドアLBをいうラインアップで、セダンのボディサイズは全長4,135~4,155mm×全幅1,635mm×全高1,380~1,385mm、ホイールベース2,430mm。クーペ系が全長4,180~4,205mm×全幅1,625mm×全高1,335mm、ホイールベース2,400mmという、いまで云うBセグ以下のコンパクトなクルマだった。
そのなかで、本稿ではバブル景気を迎えた1990年に、コミック「頭文字D」の主人公の愛車(正確には父親の愛車で、後に譲り受ける)として人気が沸騰する、「AE86トレノ」にフォーカスする。この漫画「頭文字D」がヒットしたバブル期以降、或る意味で旧態然とした後輪駆動メカニズムのAE86中古車は異常なほどのプレミア価格で取引されることになった。
■テンロク・ツインカム16バルブの新ユニット「4A-GEU」
後輪駆動用のパワーユニットは、新エンジンに換装された。1.6リッターのスポーツエンジンは2バルブDOHCの2T-GEU型からまったく新しい設計の本格的な4バルブDOHCの4A-GEU型にスイッチした。
この新世代4A-GEU型1.6リッター・ツインカム16エンジンを搭載したモデルがAE86型レビン&トレノGT系なのだ。そしてAE86のエポックは、セダンがFWD化したにも拘わらずRWDのままだったことにある。
何故クーペ系スポーツモデルだけRWD車として残ったのか? 理由はトヨタの開発陣がFWDセダンの開発に注力した結果、スポーツモデルのFWD車開発に手が回らず、シャシーを前モデルのTE71型からキャリーオーバーし、アウタースキンとエンジンだけを乗せ替えただけの新型AE86系になった(ならざるを得なかった)というのが実情のようだ。
ゆえに、当時、多くの自動車専門誌は「新しいツインカムエンジンは素晴らしいが、足回りが旧態然とした遊びグルマで、デートカー」と酷評する論評がずいぶんあった。
酷評されたAE86型レビン&トレノだが、そのハチロクが伝説のクルマになった理由(わけ)は、いくつかある。そのひとつは旧型とまったく同じ形式で寸法も同じリア側の5リンクコイル・リジッドサスペンションの改造が容易だったことだ。そのため国内のラリー選手権で活躍していた先代モデル(TE71型レビン&トレノ)用の改造パーツが流用できたのだ。
■デビュー間もなくラリーシーンで強さを発揮
事実、AE86発売から1カ月も経たないうちに、国内ラリーで足回りを軽くチューンしたAE86が走った。しかも、先代に比べて圧倒的に速かったのだ。この傾向は、軽量コンパクトなRWDスポーツ車が絶滅危惧種となった80年代の特徴で、国内ラリーシーンでは貴重なRWD車としてトヨタ系TE71系カローラ&スプリンター、それを引き継いだAE86系のほか、1.3リッタークラスでは同じトヨタのRWDコンパクトHB車「KP61型」スターレットのトヨタFR車が常勝軍団としてシーンを席捲していた。
AE86がラリーシーンで強かった理由は、旧型とまったく同じシンプルで軽量な後輪リジッドアクスル(5リンクコイル)サスペンションで、軽い車重のRWDスポーツを具現化していたことにある。加えて、カローラシリーズとしては初のステアリングシステム、ラックアンドピニオンが素直で軽快なハンドリングをもたらす。そして、新開発のエンジンが後押しする。新開発エンジンとは、前述した2T-Gを引き継いだ高回転型エンジン4A-GEUだ。
新開発4A-GEUは、従来のDOHCエンジンである2T-GEU型よりも10kg以上軽くコンパクトで、気筒あたり4バルブとした本格的な4気筒DOHC16バルブエンジンだった。そのアウトプットは最高出力130ps/6600rpm、最大トルク15.2kg.m/5200rpmとされ、車重900kg強と軽量でスリム、コンパクトなAE86に十分以上の動力性能を与えたわけだ。現在、軽自動車の多くのモデルが900kg前後の重量を持っていることを考えると、AE86の軽さが分かるだろう。
■中古車になった90年代、「頭文字D」が人気に火を付ける
このハチロク(AE86)人気が面白いのは、前記したようにバブル絶頂期の90年代になってからだということ。もちろん、デビュー間もなくラリーシーンなどモータースポーツで好成績を収めたし、伝統的にトヨタ「レビン&トレノ」ファンも大勢いたのは確かだ。だが、本格的にブレークしたのはAE86系が生産を終えてからコミック「頭文字D」人気に後押しされ、中古車として人気が沸騰したことだ。車名ではなく「ハチロク」と型式が愛称となったスポーツモデルなのである。
AE86系レビン&トレノと共にデビューした新型テンロク・ツインカム4A-GEUだが、商売上手なトヨタは、そのユニットをハチロク専用とはしなかった。5代目カローラシリーズが登場した翌年の1984年、FWDレイアウトを活かした2ボックスHBモデル「カローラFX」が加わる。そのころ世界の小型車は、フォルクスワーゲン・ゴルフに始まったコンパクトハッチ・ブームが国内にも波及。4代目でFWD化を果たしたFFファミリアのヒットなど国内市場でもブームを呼んでいたことに対処したトヨタの戦略車だ。
その3ドアHBボディにテンロク・ツインカムの4A-GEUを横置き用とした「4A-GELU型」をフロントに搭載して前輪を駆動する「カローラFX・GT」を発売する。重量わずか930kgのFX・GTは、いわゆるゴルフGTIなどに並ぶホットハッチの1台として、国内ではホンダ製DOHC16バルブエンジンのZC型を搭載した「シビックSi」と覇権を競う。後に4A-GELU型エンジンをセダンにも搭載「カローラ1600GT」の名でリリースした。
同時にトヨタは、横置き用「4A-GELU型」をリアミッドシップに搭載した2シータースポーツ「MR2」をこの年にデビューさせて、4A-G搭載車のラインアップ拡大を図り、日産のOHCターボに対して“ツインカム”で攻勢に出る。