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一度は廃版、その後の曲折を経てバブル期に蘇った“美しき清楚な淑女”「シルビア」

1988年5月、日産のスペシャリティ「シルビア」が5代目のS13型に生まれ変わった。ベブル景気に乗って日産はシーマ、Be-1をはじめとした数々の“バブルカー”を送りだしてきたが、このS13型にも潤沢な開発資金が投入されていた。日産自ら“アートフォース”と謳った、後のデートカーであり、いっぽうで走り屋御用達のFRスポーツでもあった。

S13型シルビアは、冒頭のとおりその開発コンセプトに“アートフォース”を掲げたように、エクステリアデザインは流麗で美しく、スペシャリティ市場で、たちまち人気を博した。その美しさの泉源は、初代にまで遡る。

■初代、大人のための美しきクーペ

 限りなく美しいクーペだった初代「日産シルビア」CSP311型は、1964年の東京オリンピック開幕直前、9月の第11回東京モーターショーにダットサン1500クーペ・コンセプトとして出展され、翌1965年4月に発売された2座スポーツクーペだ。

 「気取った、やや軟派な男性のためのスタイリッシュなクーペ」としてアルファロメオなどのコンパクトな欧州製高級GTを手本に開発し、シャシー・フレームは同社のオープンスポーツであるフェアレディ用を使い、パワートレーンは同社のブルーバードSSSから移植した、或る意味“デートカー”だ。「シルビア」とはギリシア神話に由来する“清楚な淑女”の名である。

 CSP311型の手作りに近い内外装の作り込みは極めて丁寧で、それは日産車のなかでも群を抜いたレベルだった。スタイリングは現在の審美眼で見ても美しく、高性能FRスポーツの典型である“ロングノーズ・ショートデッキ”をコンパクトなボディで見事に実現していた。

 初代のボディ寸法は、全長3,985mm×全幅1,510mm×全高1,275mm、ホイールベースは2,280mmと極めてコンパクトなサイズだった。現行の小さな日産車、マーチの全長3,825mm×全幅1,665mm×全高1,515mm、ホイールベース2,450mmと比較されたし。初代シルビアが、いかにコンパクトだったのか分かるというもの。シルビアは、1.6リッター直列4気筒エンジンを縦置きに搭載するRWD車のため、長いフロントノーズが与えられ、全長はマーチよりも少しだけ長いが、圧倒的に細くて低い。

 この初代シルビアは、同社のブルーバード・デラックスが64万円、フェアレディ1500(SP310型)が88万円の時代、120万円という高価なクルマとして発売された。そのため、CSP311型は、デビューから3年間で僅か554台生産されただけの幻のクルマとなった。

■復活した2代目だったが……

 初代の生産終了から7年、1975年10月にトヨタのスペシャリティモデル、セリカの成功を受け対抗馬として2代目シルビアが登場する。が、しかし、中途半端なコンセプト、悪評高きスタイルで販売は低迷。3年半という短いモデルスパンで3代目に変わる。この3代目はターボパワーなどを得てまずまず成功し、1983年にリトラクタブルライトの4代目に移行する。このモデルに搭載したFJ20ET型ターボエンジンは、190psの出力を誇り、スポーティな走りでそれなりの評価を得て人気となる。

 ただ、3代目も、売れたされる4代目も、初代が標榜し誰もが認めた “美しさ”には、遠く及ばず、やや野蛮とも云えるFRクーペとして市場が受け入れたのだった。

■初代のコンセプト“美”を追及して生まれたS13型

 そこで登場したのが本稿の主役である5代目・S13型シルビアだ。開発の最大のポイントとされたのが、美しいエクステリアデザインだったことは言を待たない。日産の若手開発陣を大胆に採用したとされるプロジェクトチームが、バブル経済突入直後に編成された。従来の日産スポーツとは、ひと味違う若い感性が詰まったクルマとして企画された。

 デザインチームが目指したポリシーは「エレガントストリームライン」とされ、そのプロポーションは当時のスポーツスペシャリティの理想である、低く長いフロントノーズ、強く傾斜したフロントスクリーン、小さなキャビン、短めのリアオーバーハングながら実用的なトランクを持ったノッチバッククーペだ。ボディのスリーサイズは全長4,470mm×全幅1,690mm×全高1,290mm、ホイールベースは2,475mmだった。

 左右の薄く設えたヘッドランプと一体化した半透明のクリスタルグリル、バンパー下のラジエターグリルも美しいスタイルを優先してデザインされたという。ターボ車はそこにインタークーラーへ空気を導くダクトが覗く。そしてシルビアは、1988年グッドデザイン賞グランプリに輝く。そのスタイリングから「カップルズカー」「デートカー」の地位を独り占めしていたホンダ・プレリュードと競うモデルとなる。

■ハイレベルな運動性能とハンドリング

 しかしS13型シルビアは、デザインだけのクルマでは決してなかった。ハイレベルな運動能力とハンドリング性能を備えていたのだ。事実、その年の「日本カー・オブ・ザ・イヤー」(COTY)も獲得したのである。その詳細は以下のとおり。

 S13型に搭載したパワーユニットは、ボア×ストローク83.0×83.6mm・1809ccのCA18DE型・新世代の直列4気筒DOHC16バルブで、最高出力135ps/6400rpm、最大トルク16.2kg.m/5200rpmを発生した。そして、もう1基、ターボで武装したCA18DET型で最高出力175ps/6400rpm、最大トルク23.0kg.m/4000rpmのふたつだ。前者はNA版の「Q’s」「J’s」に、後者はターボ版の「K’s」に搭載して登場したのだ。

 そして1991年のマイナーチェンジでエンジンが2リッターのSR20DE型に換装される。これによってNAバージョンは140ps/6400rpm、18.2kg.m/4800rpmに、ターボバージョンは205ps/6000rpm、28.0kg.m/4000rpmと30psもの出力アップとなるのだ。

 そのエンジンパワーを受け止める足回りも4代目とは全面的に刷新された。フロントサスペンションは一般的なマクファーソンストラットの独立だが、最大のポイントはリアサスにあった。それはマルチリンク式の独立懸架だ。見た目の形式は、上部をダブルアッパーリンクで支え、下部にAアームを置き後方にラテラルリンクを置く構成である。

 各リンクの相互作用でトー変化を規制し、ボディのロールやリフトを抑え込むなど、従来型ダブルウイッシュボーンの進化形としてハイレベルな足回りと評された。

 さらにその足回りによるハンドリングのレベルアップを図る目的で4輪操舵システムHAICAS-Ⅱがオプション設定された。91年にはそれに逆位相を加えたSUPER HAICASに進化し、ターボ車ならパワーオーバーステアにも簡単に持ち込める暴力的とも云えるパワー、そしてNAバージョンはFR車らしい素直なハンドリングマシンとして人気を博す。

■ふたつの顔をもったスペシャリティ

 S13型は不思議なことに、ふたつの顔をもったスペシャリティだった。ひとつは開発の主旨だった“美しさの追求”で、これはカップルズカーとして成功した。これが歴代シルビアでもっとも売れた、S13型30万2329台の本質である。

 もうひとつは日産の狙いとは別で、偶然だったかも知れない“コンパクトなFRスポーツ”として若い(ちょいと乱暴なドライバーも含め)走り屋に支持されたことだった。このFRスポーツとしての役目は、S13型の姉妹車「180SX」の存在が大きい。180SXはデザインを優先したシルビアに対し、一種スパルタンな走りを目指したスペシャリティクーペであり、リトラクタブルライトやハッチゲートを備えたスタイルで走り屋に受けた。

こちらはS13型が1993年10月にS14型にモデルチェンジした後も派手なリアスポイラーなどで延命処置を受け、1998年まで生産され、5ナンバーFRスポーツのロングセラーとなった。

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