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ホンダの新時代を象徴するスペシャリティ “デートカー”と揶揄されるも走りは超一級

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 1970年代ホンダは、新型シビック、そして新型アコードの連続ヒットで、国産乗用車メーカーとしての礎を築いた。そして1976年11月、“前奏曲”という名の新型クーペをデビューさせる。デビュー前の噂では、S 800以来の2シータースポーツだの、ミッドシップスポーツだとかという情報が乱れ飛んでいた。が、実際にデビューしたのは、アコードHBのホイールベースを60mm短縮した、2+2座のノッチバッククーペだった。

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 新型モデルのプレリュードは、パワー&ドライブトレーン、シャシーは初代アコードHBを踏襲しており、ボディサイズも全長×全幅×全高4,090×1,635×1,290mmで、初代アコードHBの全長×全幅×全高4,125×1,620×1,340mmを少しだけ広く・短く・低くしたアコードのクーペバージョンと云われても納得のクルマだった。

 パワートレーンもアコードと共通の1.8リッターSOHCのCVCCシングルキャブ仕様で、97ps/14.3kg.mの出力&トルクも1.8リッタークラスの標準だった。当時のライバル・スペシャリティたちがツインカムやターボで武装してハイパワーを主張していたなかで、戦闘力の不足は否めなかった。

 ただ、FWDの悪癖を感じさせない素直でシャープなハンドリング性能は、スポーティかつ洗練されており、当時の国産車のRWDスポーツを含めて白眉と云える存在だった。また、スペシャリティモデルらしい装備として、欧州車に倣って電動サンルーフが全車標準装備となったのはニュースだった。

 ただ、初代プレリュードは商業的に成功したモデルとは云えず、あくまでも“前奏曲”であり、1982年11月、バブル前夜に2ndモデルに移行する。

■“デートカー“の称号を得た2代目

 生まれ変わった2代目は、ハンドリング重視の走行性能を推し進めたスペシャリティという基本姿勢を明確に打ち出すために、ホンダの最新技術を目一杯盛り込んだ“ハイテクカー”に仕立てられた。フロントマスクには当時のスポーティモデルのお約束と云うべきリトラクタブルヘッドライトを採用する。

 極めて低いボンネットを実現できた要因は、フロントサスペンションにFWD車では困難と思われていたダブルウィッシュボーン式独立懸架を採用したことにある。その結果、ボンネットが低くて、相対的に広いトレッドの斬新でダイナミックなスタイルが完成した。ボディサイズは全長×全幅×全高4,295×1,690×1,295mm、ホイールベース2,450mmという5ナンバー枠ギリギリまで広く低い構えたディメンションとなった。このスタイリングをしてプレリュードは“デートカー”の元祖と云われる。

 この低く斬新なエクステリアにも関わらず室内は、非常にルーミーでこの手のクルマにありがちな後席が閉塞感のある「プラス2座」ではなく、頭上空間も十分にあり、大人の乗車に耐え得る実用性も備えていた。

 そして、クルマをよく知らない人にもカッコいいクルマとしてプレリュードを印象づけたのが、テレビCMだ。モーリス・ラヴェルのバレエ曲「ボレロ」をフィーチャーし、「FFスーパーボルテージ」のキャッチコピーとともに流されたスローモーション映像は美しく印象的で非常に高いクオリティだった。

 パワーユニットは完全新設計の直列4気筒SOHCで、特異な気筒あたり吸気2+排気1の3バルブ、トータル12バルブ・レイアウトのエンジンである。これに2連キャブレターを組み合わせて、最高出力はMT車が125ps/5,800rpm、最大トルクは15.6kg.m/4,000rpmを発揮、“抜け”のいいフィーリングでキレイに回るエンジンに仕上がっていた。

 このユニットとフロント・ダブルウィッシュボーン+リア・ストラットサス、ラック&ピニオン式のキレのいいパワーステアリングが相まって、先代以上に軽快なハンドリング特性を示した。また、この2代目プレリュードは国産車として初めて4輪アンチロックブレーキをオプションで選択できた。

 1986年6月にマイナーチェンジを受け、3代目アコードの最上級グレードに搭載して登場していたB20A型の2リッター直列4気筒DOHC16バルブユニットを積んだ「2.0 Si」を追加する。このエンジンは電子制御燃料噴射装置のホンダPGM-FIによって、最高出力160ps/6,300rpm、最大トルク19.0kg.m/5,000rpmを発揮した。

 最強のプレリュードSiはボンネットのパワーバルジと14インチのタイヤ&ホイールで識別できた。この2代目はスペシャリティカーとして異例と云える累計生産台数60万台を記録して、1987年4月にフルモデルチェンジし、3代目に移行した。

■バブル絶頂期に4WS・4輪操舵を得た3代目に移行

 80年代後半、日本の自動車は高性能化・ハイテク化が急ピッチで進んでいた。生まれ変わったプレリュードにもホンダの最新技術が惜しげ無く盛り込まれた。

 なかでトピックだったのは後輪に操舵機能を持たせた、電子制御に頼らない独自のメカニカルな機械式4輪操舵「4WSシステム」が搭載されたことだった。

 足回りも刷新され、3代目のアコードが先行採用していたFWD車として奇跡と云われた4輪ダブルウィッシュボーン式独立懸架となった。

 エクステリアデザインは成功作の先代を踏襲し、ミッドシップスポーツのフェラーリ308よりも低いボンネットと云われたノーズには18度後傾してエンジンが搭載され、リトラクタブル・ヘッドライトの特徴的なスタイリングを継いで、「まるでマイナーチェンジ」と思えるほどだった。

 ボディサイズは全長×全幅×全高4,460×1,695×1,295mmと先代比でやや拡大した。115mm延長され2,565mmとされたホイールベースをはじめとして、細部は格段にリファインされ、とくにフロント回りはすっきりとシンプルに、洗練されたデザインとなっていた。

 搭載エンジンはすべて2リッターに統一され直列4気筒SOHC12バルブとDOHC16バルブの2種となる。この頃から国産車の出力表記がそれまでのグロスからネット表記に変わり、搭載する2リッター直列4気筒DOHCエンジンの最高出力は145ps/6,000rpm、最大トルクは17.8kg.m/4,500rpmとなった。トランスミッションはまだまだマニュアルが健在で5速MTと4速ATから選べた。

 この3代目プレリュードも国産スペシャリティカー市場をリードし続け、1988年5月に日産から「アートフォース・シルビア」のキャッチとともにデビューした、S13型シルビアの登場まで、スペシャリティ路線をリードする。

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