CAR

第5章 遂に誕生する、SUBARUのその後30年を支える“伝承遺産”

SUBARU History より引用

 SUBARU 4WD乗用車の試作車「71W」は、1971年のSUBARU 1300Gエステートバンのボディで、夏にテスト用とデモ用車両がそれぞれ2台、計4台が完成。同年10月の東京モーターショーに展示した。国産初の乗用4WD車のデビューだった。

 ショー終了後、SUBARU 1300Gエステートバン4WDは、さらに7台が追加試作となり、価格84.0万円で東北電力に5台、長野県の飯山農協と長野・白馬村役場にそれぞれ1台、さらに追加試作車がもう1台作られ防衛庁・海幕大湊に納付された。すべて改造届による正式な白ナンバーが付けられたという。

 その頃、富士重はSUBARU 1300を、後継となる新型レオーネに移行させるタイミングだったため、正式な量産車は翌1972年9月に発表された。「SUBARU LEONE 4WDエステートバン1400」である。ただし当初、このクルマの国内における評判はあまりよろしくなかった。ところが北米に輸出したところ、乗り心地がよく、抜群の悪路走破性を持った日本製全長×全幅×全高3995×1500×1385mm、ホイールベース2455mmの“小さな四駆”は大好評を博す。そして、その評判が日本に伝わり、SUBARUの4WDは逆輸入された北米人気のおかげで、ジワジワと売れるようになった。

 そこで技術部長の百瀬晋六は、「乗用4WD車の拡大展開」を社内で検討させ、4WD車拡大が商品企画としてスタート。1975年1月、「SUBARUレオーネ4WDセダン」として市場に出た。ここから本格的なSUBARU 4WDが幕を開けるのだ。

 レオーネ4WDモデルのシステムは、基本的に東北電力と宮城スバルがつくった四駆メカニズムを引き継ぐ。縦置きされたボクサー4エンジンのトランスミッション後ろにシンクロ付きセレクターを介して動力をプロペラシャフトからリアデフへと伝え、後輪も駆動する4WDだ。必要に応じてFFと4WDを切り替える、いわゆるパートタイム四駆であった。

 トランスミッションはFF車と同じ4速マニュアルだが、駆動力を確保するため1速と2速がローギアードとする設定だった。また、4WD車はエンジンチューンも若干異なり、低中速トルクを重視したユニットとなった。ボア×ストローク85.0×60.0mm、1361ccの排気量から水平対向4気筒OHVは72ps/6400rpm、10.2kg.m/3600rpmの出力&トルクを発揮した。

 そのほかFFレオーネとの相違点はそれほど多くない。外観では155SR13サイズのウインターラジアルを履き、4WDのエンブレムとマッドフラップが付く程度だ。室内ではシフトレバーの横にFFと4WDを切り替えるトランスファーレバーが備わっていた。価格は1.4リッターFFのバンよりも21.5万円高い79.8万円だった。

 レオーネ4WDを発表した当時、富士重は4WDについて、実用乗用車の走行能力を高めるための機能として捉えていた。東北電力の要請のように、普通の乗用車では乗り入れ出来ないような悪路でも走れる道具だった。とくに雪道での走破性を高める目的でウインタータイヤを装着し、最低地上高を高めた。現在のように4WDが舗装された高速域での安定性をも発揮できる性能を併せ持つなどとは、夢にも思っていなかったし、業界でもそんな発想が生まれるのはずっと先の話となる。

 技術者の理想の追求が画期的で進歩的なFFの小型車ではじまったSUBARUの乗用車が、水平対向エンジンを縦置きしていたことで、極めて合理的な4WDが出来る素質を持っていた。SUBARUが現在一般に積極的に訴求する左右対称のシンメトリーAWDは、すでに出来上がっていたのだ。

 そして、前項に詳しい東北電力と富士重のコラボから、その4WD車が生まれたストーリーは、メーカーの技術陣がユーザーと販売現場の意見を汲み上げたことで生まれた稀な商品例といえる。

 レオーネ4WDが北米で人気モデルとなったことは前述のとおりだが、そのレオーネから派生し、北米で生まれた不思議で魅力的なクルマがある。富士重の北米販売会社スバル・オブ・アメリカ(SOA)の社長が企画し、日本で開発されたピックアップトラック「BRAT(ブラット)」だ。簡単に云ってしまうとレオーネの後席から後ろを荷台にした2名乗車の4WD小型ピックアップトラックである。現在、国産メーカーの多くが北米向け専用ピックアップ車をつくっているが、SUBARU BRATはその先駆けといえるクルマだった。トラックとは云えTバールーフ仕様や荷台に補助シートやFRPのカバーを用意するなど、スタイリッシュなレジャーカーとしての雰囲気たっぷりなクルマだった。北米だけでなく豪州や欧州でも販売されたが、日本国内で販売されることは無かった。北米で根強い人気を保ち、RVの一種として1979年にモデルチェンジして、最終的に1987年まで販売された。

 1979年5月、8年の長いモデルスパンを経てレオーネは2代目にモデルチェンジする。ホイールベースは2460mmと先代と変わらないが、上屋に載ったボディ・ラインアップは多彩になった。6ライトの4ドアセダンを基本に2ドアハードトップ、3ドアHBのスイングバック、そしてエステートバンで車種構成し、2ドアHT以外、すべてのレオーネに4WDモデルをラインアップした。

 搭載エンジンは大きくグレードアップし、1400は廃止され1600と1800となる。新たにラインアップに加わった1.8リッターの完全な新型エンジンは、ボア×ストローク92.0×67.0mm、1781cc水平対向4気筒は100ps/5000rpm、15.0kg.m/3600rpmを発生し、遂にSUBARUボクサーエンジンが100psを超えた。

 1981年6月にマイナーチェンジ。角形ヘッドランプに換装するなどのフェイスリフトを受ける。そして7月、後にレガシィに引き継がれることになる、独特なキックアップルーフを持った、商用バンとは明らかに違う4WDツーリングワゴンがデビューする。翌年の1982年、国産初となる4WDにターボエンジンを搭載し、4WDスポーツワゴン&セダンの先駆けとなる。ちなみに、ターボ車は富士重工業のクルマとして初となる電子制御燃料噴射装置を搭載した。

 そのレオーネは、1984年7月にフルモデルチェンジされ3代目に切り替わる。当面、4ドアセダンでスタートした3代目のエクステリアデザインは、直線定規だけで描いたかのような角張ったスタイルとなった。搭載エンジンは1.6リッターと1.8リッター水平対向ユニットを継承するも、1.8リッター遂にOHVからSOHCに改良を受けた。

 セダンに遅れること3カ月、新型にもツーリングワゴンが登場する。1781ccのボクサー4ターボは、135ps/5000rpm、20.0kg.m/2800rpmを発揮。当初はパートタイム4WDだったものの、1986年のマイナーチェンジでフルタイム4WDに進化する。

 車型はセダンとステーションワゴンの2種というシンプルな構成だったが、1985年にハッチゲートを持ったクーペが追加された。

 1989年2月、新型レガシィの登場で、レオーネはその役目を終える。

スバル レガシィ

 そして、SUBARUにとって新たな伝説となる“伝承する遺産”の誕生だ。レオーネ比でかなり大きくなったボディは、セダンで全長×全幅×全高4510×1690×1395mmホイールベース2580mm。ワゴンは全長4600mm、全高1490mmと5ナンバー枠一杯のサイズとなった。

最上級のスポーツセダンRSとツーリングワゴンGTに搭載するEJ20型1994cc水平対向エンジンはDOHC16バルブとなり、ターボの過給を得て220ps/6400rpm、27.5kg.m/4000rpmと高出力&大トルクを発生した。このEJ20型は、その後30年にわたって熟成し、SUBARUスポーツエンジンの主力として歴代SUBARUスポーツモデルに搭載される。

 初代レガシィが組み合わせた駆動方式は、ほぼすべてのモデルでフルタイム4WDとなり、5速MT車がビスカスLSDを備えたセンターデフ方式で、4速AT車が前後トルク配分を行なう電子制御トルクスプリット式となった。ちなみにステーションワゴンは全車4WDとなった。以来、SUBARU伝統となるシンメトリーAWD(4WD)システムが継承“伝承”されるのだ。──敬称略──

関連記事

  1. 日本のサーキット変遷史Vo.3~オートポリス編~
  2. 【世界限定10台】ランボルギーニからカスタマイズ可能なアヴェンタ…
  3. 【テスラ モデルY】ミドルサイズSUV 欧州でデリバリー開始エン…
  4. 伝統と革新 MGの完全電動2シータースポーツカー サイバースター…
  5. 【CG】他の追随を許さない華麗なラグジュアリーコンバーチブル
  6. 【Cars & Colors】グリーンのトレンドをつく…
  7. 【CG】ランボルギーニ ウルスに2021年モデルとなる新デザイン…
  8. 第2章 国産車初となる本格グランツーリスモ「TOYOTA 200…
  1. シントトロイデン 2021-2022シーズン ユニフォーム

おすすめ記事

  1. シントトロイデン 2021-2022シーズン ユニフォーム

Category



PAGE TOP