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SUBARUの苦境後、30余年を担う新コンセプトモデル「レガシィ」が救う

1980年代後半、国内自動車各社はバブル経済の波に乗って、その恩恵を享受しているなか、SUBARU(旧:富士重工業)は苦悩していた。他社による吸収や買収、そして倒産さえも噂されるほどの経営危機に陥っていた。その苦境を打破したのが初代レガシィである。

2020 スバル レガシィ

SUBARU(富士重)は先の第二次大戦敗退によって翼を失った中島飛行機をルーツとする航空機製造企業だった。1945年8月15日の敗戦を迎え、翌日には軍需工場の閉鎖、解散が通告され、中島飛行機はその歴史に幕を降ろす。

■中島飛行機、解散・解消後、発展的合同で誕生した富士重(SUBARU)

 中島飛行機は社名・定款を変更して富士産業として、東京・丸の内の日本興業銀行内に本社を置いて再出発を模索する。が、GHQ(General Headquarter/連合国軍最高司令官総司令部)によって4大財閥に準ずるとして、1950年に解体を命ぜられる。いわゆる財閥解体の余波だ。富士産業は太田、荻窪、三鷹など全国15の工場および製作所がそれぞれ独立し、12社の第2会社となることを余儀なくされた。

 1952年、サンフランシスコ講和条約が発効、GHQの占領政策が一変する。朝鮮戦争の影響下で財閥解体を緩和して、米政府は日本の工業・産業資産を活用する政策に乗り出す。つまり、旧財閥系が系列グループとして再結成に向けて動くのだった。

 中島飛行機でも再組織化への機運が高まる。1955年4月、新しく生まれた富士重工業が5社を吸収する恰好で、名実ともに富士重(後のSUBARU)が発足した。

■名車「スバル360」からボクサーエンジンへ

 富士重を自動車メーカーとして決定づけたのは、社内開発コード「K-10」とされた、1958年(昭和33年)デビューの「スバル360」だ。この画期的な軽自動車は10年以上にわたるロングセラーとなる。そして、1966年の「スバル1000」の発売だ。

 スバル1000がその後の富士重のメカニズムの基本となるフラット4(水平対向4気筒ボクサー)エンジンによる低重心FWDセダンというユニークで志の高い設計思想に貫かれた小型乗用車だった。その小さなセダンは「レオーネ」に発展し、72年に世界初の量産オンロード型4WD車となるレオーネ・エステートバン4WDを発売する。これが、現在まで続く「水平対向エンジン×シンメトリーAWD」というSUBARU車のアイデンティティの萌芽であり、レオーネ・ツーリングワゴンの原点でもあった。

 その後も富士重として初となるスペシャリティモデル「アルシオーネ」を送り出し、水平対向ターボエンジンや小型車に最適化した変速機・CVTを実用化するなど、技術面でライバルに追随、分野によってはリードしていたものの、68年の日産自動車との提携以降、中島飛行機から続く理想主義的な企業姿勢・志向が次第に薄れ、80年代に冒頭の苦境に陥ったのだった。

■SUBARUの基本コンセプト「水平対向エンジン×シンメトリーAWD」の確立

 そこに登場した救世主たる初代レガシィは1989年1月にデビューした。SUBARU伝統の2リッターと1.8リッター水平対向4気筒エンジンを積み、FWD/4WDという駆動方式のセダンとステーションワゴンである。

 まったく新しいモデル開発のスタートはデビューから4年ほどさかのぼった1985年、苦境の只中であった。その狙いは、走りのクオリティを追求した世界に通用するドライバーズカーだ。セダンはサッシュレスドアを持った6ライトのハードトップデザイン。ステーションワゴンはキックアップルーフが特徴的な端正な5ドアワゴン車で、当初からレガシィと言えばツーリングワゴンと云うほどの人気モデルとなった。

■以降のSUBARU車のスポーツエンジンEJ型

 最新のメカニズムを投入したレガシィ。まず、そのエンジンはSUBARU伝統の水平対向エンジンだが、それまでのEA型4気筒から完全新開発のEJ型に刷新した。その後30年あまりSUBARUのスポーツユニットとなるEJ型水平対向4気筒、つまり新型ボクサー4は、5ベアリング・クランクシャフトやフライホイールハウジング一体構造のシリンダーブロック、センタープラグレイアウトなどを採用した、高剛性&高効率として高出力化を実現した。

 この基本構造にターボチャージャーを組み合わせた2リッター水平対向4気筒DOHCのEJ20型・水冷インタークーラー・ターボエンジンは、最高出力220ps/6400rpm、最大トルク27.5kg.m/4000rpmを発揮する高性能ユニットだった。

 エンジン同様に使用するプラットフォームもスバル1000以来改良を重ねてきた車台から脱却した完全新設計とされた。富士重はその後の10年、20年を見据えた覚悟をもって開発に臨んだという。ボディサイズはセダンで全長4510mm×全幅1690mm×全高1395mm、ホイールベース2580mm。ワゴンは90mm長く、ルーフレールを含め全高が95mm高いものの、全車5ナンバーサイズのコンパクトでスポーティなクルマだった。

■凝ったトルクスプロット型のフルタイム4WD

 そして駆動方式のメインとなる四輪駆動システムは、基本的に前後車輪へのトルク配分を路面状況・走行状態に応じて変化させるトルクスプロット型のフルタイム4WDだ。4速オートマティック車には、電子制御アクティブトルクスプリット式、5速マニュアル車はビスカスLSD付きセンターデフ方式を使って高精度な駆動力制御を実現し、常時4WDのポテンシャルを最大に発揮するドライビング能力を得た。

 走りを支える足回りは、フロントがL字型ロワアームとしたマクファーソンストラット、リア側がデュアルリンク式ストラットの全輪独立式。特段目新しいメカでは無いが、ストロークのたっぷりあるストラット式の美点が活きた、しなやかな脚に仕上がっていた。なお、WRC参戦のベースでスポーツモデルのRSは、専用に強化されたダンパーとスプリングが与えられた。また、ステーションワゴンの上級グレードVZには、ハイトコントロール機構が付いた電子制御のエアサスペンション仕様も用意されていた。

■快速ステーションワゴンの筆頭に

 89年10月にはセダンとツーリングワゴンにRSモデルと同じ2リッター水平対向4気筒インタークーラーターボを搭載する豪華な「GT」を追加、ツーリングワゴンGTはまさに全天候型快速スポーツワゴンの名を獲得し、実用性の高さとともに90年代の国内にステーションワゴンブームを巻き起こす立役者となった。

 レガシィ・セダンRSは、旧中島飛行機・三鷹事業所跡に本拠を置くスバル・テクニカ・インターナショナル(STI)によってFIA主催WRC(世界ラリー選手権)に参戦して優勝、その能力の高さの一端を示す。さらにレガシィ・セダンRSタイプRを引き継いだ「インプレッサWRX」が、WRC3年連続で総合優勝を果たすなど、SUBARU車の“水平対向エンジン・シンメトリーAWD」総合力、ポテンシャルの高さを示した。

 レガシィは1993年10月に2代目にフルチェンジしてツーリングワゴンを中心に大ヒット、完全にブランド確立に成功した稀有な国産車となった。が、しかし、5代目以降のレガシィは北米市場を睨んだミッドサイズセダンとなり、国内では商品力を失う。

 だが、初代レガシィのコンセプトは、その後に登場するスポーティなステーションワゴン「レヴォーグ」に受け継がれている。

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