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リアミッドシップ+後輪駆動の“ランナバウト”パーソナルスポーツ「MR2」誕生

1983年10月、東京モーターショーで世界初公開となったトヨタ「SV3」コンセプトは、コンパクトなミッドシップのスポーツモデルだった。翌1984年6月にそのモデルは、「トヨタMR2」と名を変えて発売された。運転席の背後にエンジンを搭載し、後輪を駆動し、2人乗りに由来するモデル名称を得た、国産量産車として初のミッドシップカーである。

MR2の開発は、FWD車のパワーユニットをそのまま運転席背後にマウントするという手法で進んだ。この手法のお手本は伊フィアット社が1972年代に、「フィアット128」をベースにつくった「フィアットX1/9」にあった。本格的なミッドシップスポーツを標榜するなら、その道の大御所でグループの一員である「フェラーリ」に倣ってエンジンは縦置き搭載とするはずだが、X1/9はFWD.車の横置きエンジンをそのままリアミッドに搭載した。

■FWDカローラのパワーユニットをリアミッドに移動して搭載

 その手法をそのまま使って、1983年に全面的なモデルチェンジで後輪駆動から大胆にFWDモデル化を果たしていた5代目・80系のカローラ&スプリンターのエンジンとトランスミッション、ドライブシャフトをリアに移植してつくり上げたのが、この新型MR2だ。

 デビュー当初、MR2に用意されたエンジンは2種だった。メインとなるパワーユニットは5代目カローラ世代に用意された唯一のRWDスポーツ、AE86系「レビン&トレノ」が積んでいたテンロク・ツインカムを縦置きから横置きに改め、FWDのホットハッチである「カローラFX GT」と「カローラセダンGT」に搭載していた、ボア×ストローク81.0×77.0mm・1587cc直列4気筒DOHC16バルブの4A-GELU型だ。トヨタ製電子制御EFIを得て最高出力130ps(ネット120ps)/6600rpm、最大トルク15.2kg.m/5200rpmを発揮するコンパクトかつ軽量ユニットである。MR2のG/Gリミテッドに積まれた。

 もう1基のエンジンは、カローラセダンの上級版と同様の3A-LU型だ。1452cc・直列4気筒SOHCで、83ps/5200rpm、12.0kg.m/3600rpmのパワー&トルクで、4A-Gに較べると非力に思えるが、960kgの車重には十分以上で、“お手本”だったX1/9に匹敵するパワーで、ミッドシップらしい軽快な走りをもたらした。

 組み合わせたトランスミッションは、いずれのエンジンにも、5段マニュアルのギアボックスと4段ATが用意された。マニュアル車はセンターコンソールに直立した短いショートストロークタイプのシフトレバーで、リズミカルなシフトアップ&ダウンが愉しめた。ツインカム搭載車G/GリミテッドのATは電子制御式とされた。

 サスペンションは前後共マクファーソンストラット式の独立懸架で、フロントにはロワアームにストラットバーが付加され、前後左右からの入力に対応する。リアはデュアルリンクで支持し、そこにアッパーアームが備わり、トー変化を防ぐ。

 ブレーキも前後ディスクであり、G/Gリミテッドシリーズのツインカム車はフロントがベンチレーテッドへとグレードアップしていた。

■シンプルでコンパクトなデザイン+軽快なハンドリング

 MR2の魅力のひとつはそのスタイリングとコンパクトなボディサイズにあった。無駄な抑揚を廃したボクシーとも見えるボディは、エンジンの無いフロントに向かって緩やかにスラントしたウェッジシェイプとなった。ヘッドランプは80年代スポーツの定番であるリトラクタブル式だ。ボディサイズは全長3925mm×全幅1665mm×全高1250mm、ホイールベース2320mm。ツインカム搭載のGリミテッドで重量は1050kgとなった。

 ふたり乗りには十分なカプセル感のある空間の小さなキャビンを無理に前進させず、自然な位置に配置した。ミッドシップ車としては全高が高めだが、これは日常の使い勝手、乗降性に配慮したからだ。無理な姿勢を強要されることなく、初めて運転席に乗り込んだときの印象は、「至って普通」だった。あるべきスイッチやアイテムがそれなりの位置に配され、レーサーのようなピリピリしたある種の緊張感に苛まれることはない。高速クルーズもお手の物で、100km/hのエンジン回転数は3400rpmほどだった。レブリミットは8000rpmなので余裕のほどが分かるだろう。

■「1984カー・オブ・ザ・イヤー」獲得

 あまりに「乗用車然と、し過ぎている」とも評論されたクルマではあったが、されどミッドシップスポーツだった。41リッターの小さめの燃料タンクをセンターコンソール下に置いてまで重量物を中央に寄せたレイアウトのおかげか、ミッドシップに相応しい回頭性を備え、ノンパワーのステアリングシステムながら軽快なハンドリング性能を示し、1984年のカー・オブ・ザ・イヤー(COTY)を獲得する。

 拍手を持って市場に迎えられた国産初のミッドシップスポーツ「MR2」だが、その興奮が落ち着くと、AE86レビン&トレノならば、NAのパワーユニット4A-GEUでもパワー・ドリフトに持ち込めたが、ミッドシップレイアウトのメリットである十分な後輪荷重ゆえに、今ひとつパワー感が物足りなく、満足できないとする声が挙がる。

■4A-GZE型DOHC+SCエンジンモデル追加

 そこでトヨタは、1985年6月のバンパーのボディ同色化、Tバールーフ仕様の追加などのマイナーチェンジで全長が25mm伸びた後、本格的バブル景気に突入する1986年に過給器付きモデルであるスーパーチャージャー(SC)エンジン搭載モデルを追加する。このSC使用者のエンジンフードはFRP製となり、その形状もNA仕様とは異なる。

 スーパーチャージャー(SC)は、排気ガス圧を利用して多くの混合気をシリンダーに送り込むターボチャージャーと異なり、スロットルの反応に素早く反応して過給するため、いわゆるターボラグの無いレスポンスの良さが特徴だ。このスーパーチャージャーを追加した4A-GZE型エンジンは、空冷インタークーラーが装着され、最高出力はネット値でNA比25psアップの145ps/6400rpm、最大トルク19.0kg.m/4400rpmを得た。

■バブルの波に乗って登場した2代目

 MR2はバブル経済絶頂期の1989年10月に2代目に生まれ変わる。ボディは全長×全幅×全高4170×1695×1240mm、ホイールベース2400mm。車重は1200kg半ば。エンジンもセリカGT-FOUR系と同じ2リッターの3S-GTE型DOHC16バルブ・ツインターボとなり、ひと回り以上大きなミッドカーとなった。

 エンジンの出力&トルクもバブルの如く跳ね上がり、最高出力225ps/6000rpm、最大トルク31.0kg.m/3200rpmを発揮した。

 ボディ全体が醸し出す雰囲気も初代のコンパクトで軽快、直線的なイメージとは異なる、曲面を多用した豪華な2座クーペだった。口の悪い評論家などから「ピュアミッドスポーツが、“デートカー”に昇格した」と皮肉られもした。しかし、1999年10月に先祖返りとも云える新型「MR-S」に道を譲るまで、10年間つくられモデルスパンの長いクルマだった。

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