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直列5気筒縦置き「FFミッドシップ」レイアウトが生み出した個性派サルーン

バブル景気が最高潮に達した1989年、ホンダのドル箱、4代目「新型アコード」発表の翌10月、アコードの上級モデルとしてホンダが発表したパーソナル4ドアピラード・ハードトップが「新型アコード・インスパイア」だ。兄弟車としてフロントグリルやテールランプの意匠がやや異なる3代目となる「ビガー」も同時にデビューした。

インスパイアの最大の特徴は、新開発の直列5気筒エンジンをフロントミッドシップに搭載して前輪を駆動するという、FWD車としては異例にフロントオーバーハングが短い、後輪駆動のスポーティセダンを思わせるプロポーションを持っていたことだ。

■ハイソカー軍団への刺客

 ホンダがインスパイアの仮想敵としたのは、ハイソカー軍団といわれ高級な直列6気筒ツインカム24バルブエンジンを武器に抜群のヒットを飛ばしていたトヨタのマークⅡ/チェイサー/クレスタの3兄弟、やはり6気筒エンジンのFRスポーツセダンで日産の販売を牽引していたR31型スカイラインなどだった。

 インスパイアの個性的なレイアウトから誕生したボディは、普通の4気筒アコードと大差のない5ナンバーサイスの全長×全幅×全高4690×1695×1355mmだったが、ホイールベースは長大で何とトヨタ・センチュリーに匹敵する2805mmとなった。

 エクステリアデザインは3代目アコードのリトラクタブルヘッドライトを備えた先鋭的なイメージと打って変わって、「ハイソカー軍団を狙いすました」センターグリルを持った、それまでのホンダ車には無かった、なかなか保守的な3BOXボディだ。そしてクリーンで小さめのキャビンを得たインスパイアは、“八頭身フォルム”と呼ばれた伸びやかなスタイルが評判となった。

 ただし、室内はほぼ同時に登場した4代目アコードよりも狭く、とくに後席の頭上空間はミニマムだった。がしかし、4ドアスペシャリティともいえる独特のキャラクターで、トヨタのハイソカー軍団から顧客を奪うことに成功した。

■ストレート5を立て生き搭載した意味

 当時、「ボディが軟弱」と云われていたホンダ車のイメージを払拭すべく、剛性確保や防錆、静粛性のアップに意が払われた。そのためボックス断面の内蔵ルーフレールや大型サイドシルなどを採用。樹脂と鋼板の複合材によるハニカム構造の床材でフロア剛性を高めるなどの対策が講じられた。それでも車両重量は1280kg~1350kgほどに抑えられていた。

 FWD車といえば一般的にエンジンを横置きに搭載する。同時に4代目にモデルチェンジした本家のアコードは、この文法どおり、4気筒エンジンを横置きしたFWD車だ。が、このインスパイアは、前述のように新しい直列5気筒ユニットを縦置きにミッドシップ搭載した。もっとも大きく長い5気筒を横置き搭載するのは物理的に無理で、マルチシリンダーエンジン搭載のFWD車は、おおむね全長が短いV型6気筒となる。しかし、ホンダは敢えて直列エンジンを選んだ。

 このインスパイアの斬新とも云えるレイアウトにはメリットがいくつかある。まず、エンジンを縦置き搭載したことで、エンジンに由来するボディ振動を大幅に低減することに成功した。また、エンジンそのものをフロントアクスルの後方にミッドシップ搭載したことで、FWD車ながら前後車軸に掛かる重量が「前60:後40」と優れた重量配分となった。

 また、エンジンの縦置き搭載で、エンジンの左右、つまりフロントサスペンション周辺に余裕が生まれ、スペースの効率的な活用とフロントサスペンションの設定自由度が大きくなるメリットも生まれた。サスペンション形式そのものは、アコードなどと同じ、当時のホンダ車の定石となっていた、前後ダブルウィッシュボーン式独立懸架とした。これらによって、軽快なハンドリングと上級パーソナルセダンとしての高い質感の運動性能が得られた。

 その搭載エンジンG20A型は、ボア×ストローク82,0×75.6mmとホンダエンジンとして異例のショートストロークタイプだ。1996ccのキャパシティを持った直列5気筒SOHC20バルブ。シングルカムながら気筒あたり凝った4バルブシステム“ハイパー20バルブ”の高回転型エンジンである。そのエンジンが発揮する最高出力は160ps/6700rpm、最大トルクは19.0kg.m/4000rpmだった。

 組み合わせるトランスミッションは、5速マニュアルも下位グレードに用意されたが、主力はロックアップ機構の付いた4速オートマティックだ。このトランスミッションと5気筒エンジンのマッチングは抜群で、5気筒エンジン独特のサウンドを奏でながら、パワーアシスト付きラックアンドピニオンステアリングを得てスポーティな走りとハンドリングを披露した。ブレーキシステムは前後ディスクブレーキで、フロントはベンチレーテッド式とした。

■ワイドボディ+2.5リッターエンジンモデル追加で大ヒット

 90年代になるとバリエーションの拡大と安全装備の充実を図る。1992年には比較的大規模なマイナーチェンジが実施された。そこで「インスパイア25シリーズ」が誕生する。同時の車名に就いていたアコードの冠名が外れ、「ホンダ・インスパイア」を名乗る。

 ボディは3ナンバーサイズに拡大され車幅は80mm広く、全長は140mmも拡大。ディメンションは全長×全幅×全高4830×1775×1375mmとなった。

 搭載するG25A型の直列5気筒SOHCエンジンは、それまでの2リッターG20A型のボア×ストロークを共に拡大した、85.0mm×86.4mmの2451ccの排気量から190ps/6500rpmの最高出力と24.2kg·m/3800rpmの最大トルクを得た。25%の排気量のアップは効果てきめんで、軽快でスポーティだが、やや線が細くトルク感に乏しかった走りが、ダイナミックに変わったと記憶する。

 この1992年の大規模改良で登場したワイドボディ3ナンバーの「インスパイア25シリーズ」は、時にマークⅡ・3兄弟を凌駕する販売台数を記録した。

 インスパイアは1995年2月、フルモデルチェンジを受け、アコードとは完全に訣別した完全なアッパーミドルサルーンとなる。