ホンダN360がデビューした1967年に、軽トラックのT360も新型に生まれ変わった。N360と基本的に同じエンジンを積んだTN360だ。Nとおなじモノコックボディでキャブオーバースタイルとなっていた。そこからホンダらしい変種が派生した。
ホンダは1970年11月、TN360をベースに荒唐無稽な変種を生み出す。トラックの上屋を取り去ったフルオープンで、フロントマスクにスペアタイヤを積んだバモス・ホンダ(Vamos)だ。バモスとはスペイン語で“みんなで行こう!”という意味で、届出上はトラック、つまり“4ナンバー”の軽商用車だが、熱心な若者たちがレジャーカーとして愛用したモデルだ。車名がブランド名よりも前に付いた珍しいクルマだった。
基本的なメカニズムはTN360と同じ。しかし、上屋を構成する全長×全幅×全高2995×1295×1665mmのボディは、フルオープンであり、フロントウィンドウ・スクリーンと一体となったフロントパネル、申しわけ程度のサイド&リアパネル以外ボディパネルは無い。フロントドアすら排除され、その代わりに可動式のサイドバーが備わっていた。加えて、フロントグリル中央にスペアタイヤを置き、その左右にヘッドランプユニットを後付け感たっぷりに装備するという個性的な、ある意味で破天荒なスタイルだった。
2人乗りとリアシートを備えた4人乗りがあり、バモス2、バモス4と呼ばれた。バモス4はソフトトップと荷台まで延長したモデル「バモス・フルホロ」も用意された。
搭載エンジンの基本的なスペックはN360と同じ空冷2気筒で、ややディチューンした最高出力30ps/8000rpm、最大トルク3.0kg.m/5000rpmを床下ミッドシップ搭載し、後輪を駆動した。足回りはフロントがマクファーソンストラット式、リアがド・ディオンアクスル式であり、TN360のメカをそのまま使ったため、見た目と異なりオフロード走行に向いてはいなかったが、フォルクスワーゲン・タイプⅡキャンパーを参考に、米西海岸をイメージし開発したとされ、レジャーの道具感は十分にあり、雰囲気は最高だったと云える。オープンモデルとして駐車時の安全・盗難対策として、ステアリングロックと、グローブボックスの鍵が備わっており、計器やスイッチ類は防水、防塵仕様となっていた。
価格は、ベンチシート2人乗りが32万1000円、前後ベンチシート4人乗りが35万1000円、荷台まで幌で覆われた「バモス・フルホロ」が36万9000円だった。
いっぽう、バモスが発売となるひと月前の1970年10月に、ホンダNⅢをベースにした軽自動車初のスペシャリティモデルでパーソナル・スポーティクーペの「ホンダZ」がリリースされた。ボディは全長×全幅×全高
2995×1295×1295mmとNよりも低く、フロントノーズが長いスタイリッシュな軽カーの登場である。クーペといっても後席にそれなりのスペースが与えられ、NⅢよりもストレッチした長めのルーフを持たせていた。また、リアウィンドウを太くて黒い樹脂製の窓枠で囲み、スペシャリティな雰囲気を持たせ、しかも、このリアウィンドウはハッチゲートのように開閉ができ、リアシートにも可倒式機能が備わった、いまで云うスポーツワゴン、シューティングブレークのようなクルマだった。リアウィンドウの黒い太枠のためか「水中メガネ」の愛称で呼ばれていた。
メカニズムはNⅢと共通で354cc2気筒エンジンは2種のチューンが用意された。31psを積んだグレードがACTとPROの2種、36psを搭載するスポーツモデルがTSとGTの2種だった。さらに翌1971年1月、GTの上のグレードとしてGSグレードが追加される。このGSにはホンダ軽自動車として初めて5速マニュアル・トランスミッションが搭載され、ラジアルタイヤが標準装備されたのがニュースだった。また、水中メガネの枠をボディ同色としたゴールデンシリーズも追加された。
その後、1971年にNⅢの後継、ホンダ・ライフが発表されると、Zもそのメカニズムが移植されエンジンが水冷化された。エンジンパワーは変わらず2種だが、水冷化に伴ってラジエターが追加され、グリルが拡大した。また、ホイールベースがやや延長されフロントオーバーハングが短縮、前席足元が広くなった。
Zは1972年11月にセンターピラーの無いハードトップに大きくモデファイされ、1974年10月まで生産された。
その1972年、またしてもユニークな軽カーがホンダから発表される。「ステップバン」である。空冷エンジンを捨てて水冷エンジンへコンバートするという、ホンダにとって大変革で誕生した第2世代の軽自動車「ライフ」のコンポーネントを使って開発されたクルマである。まだ、今から50年も前、ミニバンなどというカテゴリーは無く、そのような名詞が誕生するのは四半世紀後のホンダ・オデッセイまで待たねばならない時代に突然現れた、1620mmの全高のミニバンスタイルに仕立てたコマーシャルバン(商用車)「ホンダ・ライフ・ステップバン(LIFE STEP VAN)」だ。
発売は1972年9月で、スタンダードとスーパーデラックスの2グレード構成だった。翌1973年にはこのステップバンをベースにして開発した「ライフ・ピックアップ」(トラック)も登場した。最大の特徴は、背が高いルーフを与えたパッケージで、限られた軽自動車規格のなかで最大のスペース効率を追求すると必然的に行き着くカタチだが、このようなトールワゴン・スタイルの軽自動車は、今でこそ当たり前で主流となったが、カテゴリーとしてトール系ワゴンが一般化するのは1990年代のスズキ・ワゴンRが登場して以降だ。
つまり、ステップバンは世界で最初に誕生した、世界で最小のミニバンといえるのだ。搭載エンジンはライフと共通の356cc水冷2気筒SOHCで、最高出力30ps/8000rpm、最大トルク2.9kg.m/6000rpmでしかなかったが、約600kgのボディの5ドアには十分だった。このステップバンのコンセプトは、現在のホンダのベストセラー「N-BOX」などに確実に活かされている。
ここで紹介した3台は、四輪メーカーとして黎明期にあった若きホンダの破天荒な発想が生んだコンセプチュアルな軽自動車たちだ。が、この3台のホンダ開発陣は最初から乗用車然としたクルマをつくろうと考えてはいなかったように思える。彼らは目的に合ったモビリティをカタチにした結果、“自動車のようなモノ”が出来上がったのではないか。
N360のヒットで軽自動車マーケットにおいて認知され、しっかりと根を張ったホンダは、次の目標である小型乗用車市場に狙いを定めて動き出していた。
「ホンダ 、本格登録車 Honda CIVIC 誕生」へつづく